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2014年8月2日土曜日

杉並区井荻と内田秀五郎

場所: 日本, 井荻駅(東京)
杉並区は区画整理があまりされておらず、道も狭く危険だと浜田山の回で書きましたが、それは全域ではありません。 西武新宿線の井荻駅周辺、昔の井荻村の地域は、しっかり区画整理されており、通行しやすいのです。

それは、井荻村の村長、内田秀五郎氏のおかげなのです。

2014年4月19日土曜日

世田谷区中町の謎~戦後すぐに住宅地が~

場所: 日本, 東京都世田谷区中町
世田谷区中町の古い地図を見てみると、戦後すぐに、住宅地ができているのが見えます。…しかしここは、駅からも遠く、谷沢川のそばという、宅地開発に適しているとは思えないのですが…


2013年6月20日木曜日

東京23区の出世稲荷・出世スポットまとめ!

東京23区にある、出世稲荷、出世観音、その他、出世に効能があるとされるスポットを一覧にまとめました。 また、同じ方向性という事で、リストラを免れる事ができるとされるスポットも併せて載せました。


とはいえ、出世スポットが出世を謳っている理由は、ゆかりのある者が出世した経緯があるとされるものもあれば、名前だけではないかと疑わざるを得ないものもあります。そのようなスポットの「出世」という言葉は「迎春」と同じような、めでたい言葉として使われているように思えます。

そして、そもそも、どちらにしろ、本当に出世の効能があるのかどうか、確かめようがありません。

ここでは、効能の大小、施設の大小、云われの信憑性、有名無名、そういったものを考慮せず、出世と名のつくものを一覧にしました。

私は、出世の効能があるかどうかは関係無く、たとえ賽銭集めのためのPRが理由だとしても、そこに出世スポットがあるという事。出世を願う文化がある(あった)という事、それが重要なのではないか…と思うのです。

2013年5月9日木曜日

トリクルダウン理論は間違い!その証拠が成城にあった!

場所: 日本, 成城学園前駅(東京)
日本全国にその名を轟かす高級住宅街、成城に行ってみました。駅前を少し歩いた事はありますが、ちゃんと住宅街を歩いた事は無かったですし、このブログこのページに使う写真を撮りに行きたかったのです。

並木道の高級住宅街。しかし、成城の街に似合わないお店が!高級住宅街の一角に、ダイソーがあるなんて…!


2013年5月1日水曜日

豊島区に知名度を奪われた文京区大塚を歩く

場所: 日本, 東京都文京区大塚
東京で大塚といえば、どこを思い浮かべますでしょうか? 山手線と都電荒川線の大塚駅を思い浮かべる人が多いのではないかと思います。

しかし!その大塚は、そもそもの大塚ではないのです。

元々の大塚は文京区にあるのに、すっかり知名度を奪われてしまったのです。 私も、それを知ったのは最近の事です。

品川駅は品川じゃないし目黒駅も目黒じゃない事は知っていたのですが、大塚駅も大塚じゃなかったとは… 

2013年4月19日金曜日

団地の団地。赤羽台&桐ヶ丘(2)

場所: 日本, 東京都北区赤羽西5丁目2−34 赤羽自然観察公園
前回に引き続き、北区の赤羽台&桐ヶ丘の団地群を紹介します。

前回は団地の風景を中心に紹介いたしましたが、今回は、団地の間に走る緑道と、団地のルーツについて。 です。 赤羽は戦争の影響を大きく受けた町でした。

赤羽自然観察公園にも行ってみましたよ。

2013年4月15日月曜日

神田なんとか町めぐり(2)~いくらなんでも小さすぎ篇~

場所: 日本, 秋葉原駅(東京)
前回に引きつづき、神田なんとか町を紹介したいと思います。神田西福田町、神田東紺屋町、神田佐久間河岸、神田平川町…などなど、秋葉原の町を主に紹介!

住居表示の実施を免れ、歴史ある名前の町とはいえ、あまりに小さいのではないか…という町が、いくつもあります(^_^;)

2013年4月13日土曜日

神田なんとか町めぐり(1)~昔の交通博物館など~

場所: 日本, 東京都千代田区神田須田町
今回の舞台は千代田区神田です。神田には「神田○○町」という住所がたくさんあるのです。 それを巡ってみたというわけです。

2回に分けて更新いたします。 今回は、再開発された神田淡路町、かつての交通ターミナル神田須田町、1丁目の無い神田司町、神田鍛冶町などをピックアップします。

2013年3月31日日曜日

「希望が丘」と「土地区画整理事業」の相性

場所: 日本, 東京都世田谷区船橋
世田谷区に「希望が丘」という所があるのです。 …多くの人は、その地名を聞いた後、瞬時に別の似ている地名を連想するのではないかと思います。

「それって、自由が丘の…」

…それは問わない事にしましょう。 なぜなら、ここだけではないからです。

2013年3月20日水曜日

東京23区の交通公園まとめ!

東京23区の交通公園。 いったい、どれだけあるんだろう? と思い、調べてみました。 もしかしたら、まだまだあるのかもしれませんが…確認できたものを、まとめとして、公開いたします。グーグルマップでの一覧表示もありますよ。

交通公園が好きな区、そうでもない区っていうのが、あるみたいですよ。


2013年3月6日水曜日

綾瀬における区境と古隅田川と公園整備の話

場所: 日本, 綾瀬駅(東京)
今回の舞台は足立区綾瀬です。でも葛飾区も含みます。綾瀬駅は葛飾区との区境にあるので…その区境もなかなか面白いし、綾瀬の駅北には、公園がぐるりと整備されていまして、そこからまた、戦後の街作りの思想を感じ取れるのです。

今回は、また、新しいツールを試してみたいと思います。 動画もちょっと載せてみようかなと。 動画実験も兼ねて、東京武道館と稗田公園をちょこっと小ネタとして。

2013年2月28日木曜日

葛飾区奥戸周辺で新中川の歴史を見つけたり

場所: 日本, 東京都葛飾区高砂1丁目
今回の舞台は葛飾区奥戸周辺。奥戸とは、京成線の青砥駅から南へ中川を渡った先。もしくは、総武線新小岩駅の北東。

…何の変哲もない住宅街に、わざわざ足を運ぶ自分も自分だと思いますが… 新中川の記念碑から歴史を学べたり、洲を埋めて新しい施設を造る現代日本行政の営みが垣間見えたり。

それから、小ネタもいくつか見つけられましたので、宜しければ。

2013年2月5日火曜日

これからは勝手に石神井ダムと呼ぶ事にする

場所: 日本, 東京都練馬区石神井町
石神井公園といえば、練馬区にある自然豊かで人気の公園です。2つの池が特徴的で、その名も三宝寺池と石神井池。今回の主役は石神井公園駅に近い方の石神井池です。

てっきり、どちらの池も自然に作られたものだと思っていました。 ところが、石神井池は人工的に作られたものだと知って、確かめに行ったわけです。  石神井公園、何度も来た事があるのですけどね。

石神井は「しゃくじい」と読みます。

2012年12月28日金曜日

都電41系統まとめ(グーグルマップに起こしてみました)

東京を知る一環として、かつて都電が走っていた道を調べました。それを元に、いくつかの都電跡地を歩いて、いくつかの記事を書いたのですけど…調べる際に、昭和の都電全41系統をGoogleMapに起こしたのです。それを、そのまま非公開にしておくのはもったいないと思うので、せっかくですし、公開しようと思います。

(どうしても表示に時間がかかります。ご了承ください)

2012年12月12日水曜日

どっちの漢字ショーin葛西~人の字とヒの字どちら?~

場所: 日本, 葛西駅(東京)

今回の舞台は江戸川区葛西です。まずは、こちらの画像をご覧ください。何か不思議な点に気が付きませんでしょうか?

「かさい」と読む言葉が2つありますよね?…でも、よく見ると、葛の字が違うのです。下の部分が「L人」になっているのと「ヒ」になっているのがあるのです。

では…実際は、どちらが多く使われてて、どちらが正しいのでしょうか?

現地調査をしてまいりました(^^)/!

2012年11月23日金曜日

都電が走っていた緑道~亀戸篇~

場所: 日本, 東京都江東区亀戸6丁目1−15
昭和の時代の都電跡を歩く「都電が走っていた緑道」第2弾です(第1弾はこちら)。 今回は、江東区亀戸篇。 亀戸緑道公園と大島緑道公園です。


2012年11月21日水曜日

都電が走ってた緑道~新宿篇~

場所: 日本, 東京都新宿区歌舞伎町1丁目1−10
最近私が気になって調べたもの、それは、昭和の都電の路線です。今は荒川線しかない都電、でも昔は、都内中心部に都電がはりめぐらされていて…よく知っている道も、昔は、都電が走ってた事が分かると、とても面白いのです。

その中から、緑道をピックアップして、紹介しようと思うのです。都電が走っていた緑道です。 (個人的に、緑道も好きなので) 3か所あるので、1か所ずつ。

2012年11月5日月曜日

地震も怖いが荒川も~荒川氾濫リスク~

場所: 日本, 〒115-0042 東京都北区志茂5丁目41−1 北区役所 荒川知水資料館
東京の下町は地下水くみ上げなどの影響で、海抜0mの地域が広いです。そのような地域は万が一堤防が決壊し、河川の水や海水が押し寄せると、瞬く間に浸水してしまいます。下町を歩いていると、浸水の危険を啓蒙する看板が多く見られます。

例えば、荒川が氾濫した場合、どれぐらいの被害が出るのか…そして、そもそも、荒川氾濫のリスクはどれくらいなのか?

これは、東京を知る上で必須項目でありましょう。…ちょっとシリアスな話題ですが、許してくださいね(^_^;)

2012年11月1日木曜日

消える!?妙正寺川の謎

場所: 日本, 下落合駅(東京)
不思議だなと思って調べて見れば、いろんな事を知ることができます。

なにが不思議だと思ったかといいますと、妙正寺川(みょうしょうじがわ)が地図上で消えるように見える事です。

2012年10月7日日曜日

東あずま駅はひがしひがし駅なのか

場所: 日本, 東あずま駅(東京)
東あずま駅は、東京都墨田区にある東武鉄道亀戸線の駅です。




この駅を見て、思う事がありました。
その時ツイートしたのが、これ。



「あずま」は「東」の事…。つまり、この駅は「ひがしひがし駅」なのではないかっ! 両方とも東じゃないか!? そう思ったのです。

本当にそうなのか? 調べて見ました。


吾妻橋の東だから?


墨田区には吾妻橋という橋があるのを知ってました。吾妻橋の東だから、東あずま…?まずは吾妻橋の由来から検索。 もし「浅草の東にある橋だから」という由来ならば、東あずまとは、浅草の東の東という意味になります。

吾妻橋』 の名称の由来は諸説ある。
架設当初は 『大川橋』 が正式な橋名であったらしいが、
左岸(向島方面) にある 「吾嬬(あづま)神社」 への道筋にあたることから、
『吾嬬橋』 とも呼ばれており、これが 『吾妻橋』 に転じたという。
また一説には、幕府押し付けの 『大川橋』 の名称に反発した付近の町民が、
江戸の東に位置するこの橋を 『東(あずま)橋』 と呼んでいたからとも伝えられている。
明治 9年(1876) の架け替えの時に、正式に 『吾妻橋』 と命名された。

http://www.geocities.co.jp/tokyo_ashy/bs-azumabashi.html


「江戸の東だから」という説もあるようですが「吾嬬神社への道筋」という説のほうが、面白そうです。

吾嬬神社、どこにあるのか?




はっけん。 東あずま駅の西にあります。 …て事は、東あずま駅は、吾嬬神社の東だから東あずま。なのですね。これにて一件落着。

…というのも早計です。吾嬬神社の由来も調べて見ないと。それが「江戸の東だから」という由来かもしれませんし。



吾嬬神社は東神社なのか?


吾嬬神社は、決して、浅草や江戸の東という意味ではありませんでした。
http://www.tesshow.jp/sumida/shrine_tachibana_azuma.html


日本神話の「弟橘媛(おとたちばなひめ)」伝説が由来。
弟橘媛伝説とは。

弟橘媛は日本武尊(やまとたけるのみこと)の妻。日本武尊が東国遠征の際、横須賀から房総半島に渡ろうとしたところ、海が荒れた。それを鎮めるために弟橘媛が自らの身を海に投じた。海は静まり、日本武尊は海峡を渡る事ができたが「吾妻恋し」と悲しんだ。

「吾妻恋し」は現代の発音だと「わがつまこいし」だけど、当時の発音では「あづまこいし」あるいは「あがつまこいし」だったのでしょう。
身を投じた弟橘媛の持ち物の1つが、現在の墨田区に流れ着き、神様として崇めるために神社を作った。それが、吾嬬神社の由来のようです。
また、吾嬬神社のある地区の名前「立花」も、弟橘媛の「橘」が由来とか。





…というわけで、東武鉄道亀戸線の東あずま駅は、吾嬬神社の東という意味という意味であり、ひがしひがし駅ではない! という結論に至りました。



~これを調べる過程で分かった事~


  • 公園などにある「東屋」とは、京都から見て東に住む人々の家という意味
  • 同じく弟橘媛伝説が地名の由来となっているのは、神奈川県の横須賀や千葉県の袖ヶ浦
  • 当時はこの辺りまで海だった…という事は、やはり江東区は全域、江戸時代からの埋め立て?
  • 「東吾妻」は群馬県にもある。群馬県吾妻郡東吾妻町。ちなみに「あづま」ではなく「あがつま」と読む。やはり弟橘媛伝説が地名の由来か。