2012年11月23日金曜日

都電が走っていた緑道~亀戸篇~

場所: 日本, 東京都江東区亀戸6丁目1−15
昭和の時代の都電跡を歩く「都電が走っていた緑道」第2弾です(第1弾はこちら)。 今回は、江東区亀戸篇。 亀戸緑道公園と大島緑道公園です。




ここは、29系統と38系統が通っていました。

江東区を南北に走る鉄道が、あったんですねぇ~。 実は23系統と28系統も江東区を南北に走ります。 このあたりは、都電時代のほうが交通の便は良かったのかも…

29系統がこちら。


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そしてこちらが38系統。


より大きな地図で 都電38系統 を表示


それでは、行ってみましょう(^^)/ 

亀戸緑道公園


亀戸駅から南に歩きます。入り口の水神森交差点から南に曲がります。




小奇麗な大型ショッピングセンターがあり、とても現代的な風景です。


しばらく歩くと、首都高とのクロス地点に着きます。

首都高も、緑道と同じく、元々川だったの場合が多いんですよね。ここもそうで、堅川という川が流れていて、都電が走っていた頃はここに都電専用橋があったらしいのです。

その現代の姿が、こちら。



小奇麗に整備されています。
私が都電経路を調べる時に参考にした本には、ここには都電の頃の橋が残っているとされているのですが、いかんせんその本は平成8年のものですから…さらに年月が経ち、それも撤去されたようです。

…でも、当時を偲ばせるモニュメントはありましたよ!

都電モニュメント

当時の風景
看板
…あぁ、この看板と同じアングルの写真をとっておくべきでした(>Д< ;)
今回の反省点ですね。


どんどん南に歩きます。







ここまでが亀戸緑道公園。
通りをはさんでダイエーの脇にあるのが、大島緑道公園です。

大島緑道公園


亀戸緑道公園は一直線でしたが、大島緑道公園は蛇行します。
ちなみに、大島は「おおじま」と読みます。



ゴール地点です。




さらに南に歩けば第3弾の場所に行けますが、それはまた次回という事で。

オマケ


今日のオマケは2つ。
1つは、亀戸緑道公園のそばにあった子安神社から。

東京オリンピック記念
東京オリンピック記念に作られた碑。こんなものがあるんですね。当時の盛大な雰囲気が感じられます。

もう1つのオマケは、こちらの看板…

穴埋め問題です


…もう、なにがなんだか(^_^;)
「クリプトコッカス病」という固有名詞、初めて見ました。

今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました!



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2 件のコメント:

  1. 勉強になりました。

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  2. 昭和50年代前半には、ダイエーの北側に少しだけ、コンクリートの中に線路が残っていました。今はもう線路は無いのですね。今は亡き母と歩いたのを懐かしく思います。(写真でレンガ指揮の部分。コンクリート舗装に線路が埋まっていました。)

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