2013年4月13日土曜日

神田なんとか町めぐり(1)~昔の交通博物館など~

場所: 日本, 東京都千代田区神田須田町
今回の舞台は千代田区神田です。神田には「神田○○町」という住所がたくさんあるのです。 それを巡ってみたというわけです。

2回に分けて更新いたします。 今回は、再開発された神田淡路町、かつての交通ターミナル神田須田町、1丁目の無い神田司町、神田鍛冶町などをピックアップします。





いかがでしょう。 神田なんとか町、いっぱいありますよね!?


エリアのリンクを開くと、町の大きさが分かりますが、点線だけなので、ちょっと分かりにくいです。 こちらの地図を使えば、町境が色分けされて、街の大きさが分かりやすいです。
http://www.benricho.org/map_boundary/town.html


御茶ノ水駅の近くから、うろうろしてみる事にしました。

神田駿河台のニコライ堂

再開発された神田淡路町(かんだあわじちょう)

(エリア)http://goo.gl/maps/HXDzC
まずは、神田淡路町へ。


現代的なピカピカのビル街であります。

再開発されたようですが、昔は何だったんでしょうねぇ。
バブル期の地図を見ると、淡路小学校などがあったそうです。が、小学校だけではなく一般の敷地も巻き込んでの再開発のようです。 その1つが「WATERRAS/ワテラス」

WATERRAS/ワテラス
http://www.yasuda-re.co.jp/waterras/

ワテラスのそばには、住所は神田駿河台ですが、御茶ノ水ソラシティというニュースポットも出現しております。

ワテラス お茶の水ソラシティ
ワテラス 御茶ノ水ソラシティ
御茶ノ水ソラシティ
http://www.taisei.co.jp/kaihatsu/kanda-surugadai/

・・・。・・・。 ・・・うーん(-_-;)
ま、いいんですけど。

交通の街だった神田須田町(かんだすだちょう)

(エリア)http://goo.gl/maps/n7gJd
神田淡路町からさらに東に行くと、神田須田町。

今では、何て事の無い風景ですが…

神田須田町の旧都電ターミナル
神田須田町の旧都電ターミナル

須田町はかつて、都内屈指のターミナルでありました。

都電が走っていた頃は、この須田町交差点に行けば、たくさんの系統の電車が見れたそうです。戦後の約40系統あった時代に10系統がここにやって来ていたとの事。 現代は地下鉄の時代で地下鉄が集まる所といえば大手町ですが、都電の時代はここ須田町だったのです。

ターミナルだったのは戦前も一緒だと考えられます。 今の山手線が環状になったのは大正14年で、実は一番最後に作られたのが神田⇔上野です。 その頃(関東大震災直前)の地図を見ると、すでに路面電車ははりめぐらされ、万世橋駅も確認できます。上野に向かう人、または上野浅草から品川や四ッ谷などに行く人々が、須田町電停と万世橋駅を行き交う様子を想像する事ができるのです。




そうそう。須田町、万世橋駅といえば、かつて交通博物館があった所でもあります。
交通ターミナルという、博物館を建てるにふさわしい場所に、それはあったのですよ。


交通博物館があった場所、今は、どうなってるのでしょう? 気になりますよね?

旧交通博物館、現在の姿

わー、いつの間にやら、真新しいビルが建ってる~!

2年前までは、まだ古い建物が残っていたと思うのですが、気のせいでしょうか?

ていうか、ここ数年、ビルの建設スピート、早くないですか?

ビル正面にある写真は、かつての交通博物館 交通の歴史が床に刻まれている
ビルの正面玄関には、かつての交通博物館の写真がありました。 さらに、床には交通の歴史が。

時代の流れというものですなぁ(しみじみ)



神田美土代町(かんだみとしろちょう)

(エリア)http://goo.gl/maps/aJPW6
神田須田町から南西へ。神田美土代町にやってきました。

神田美土代町
神田美土代町
オフィス街ですが、一方通行の街路には、ビジネスマンが好みそうな飲食店が立ち並んでおりました。

神田淡路町、神田須田町と比べれば、神田美土代町、小さいです。 けど、神田には、もっともっと小さい町があるのですよ。それは次回に紹介いたしますが。

神田司町(かんだつかさまち)の1丁目はどこ?

(エリア)http://goo.gl/maps/cMreX
神田美土代町の東隣、神田司町です。



…写真を撮り忘れたので、ストリートビューでスミマセン。
(左に写ってるのは、今は無きam/pmですね)

さて、神田司町、よく見ると、全体が2丁目なのです。

1丁目は、どこにいったのか?その答えは、町名由来板に、ありました。(クリックで拡大)

神田司町2丁目 町名由来板

神田司町1丁目は、南にある内神田の一部になった!

それにしても、2丁目だけが残る事があるという事を、神田の街歩きで、はじめて知りました。

神田多町(かんだたちょう)といえば…

(エリア)http://goo.gl/maps/tjoqE
カンダタといえば、文学好きの人は御釈迦様に助けてもらう罪人を連想し、テレビゲーム好きの人はシャンパー二の塔を連想します。

蜘蛛の糸のカンダタの名は、ここから? …いやいや、蜘蛛の糸が発表されたのは大正時代、ここが神田多町という名になったのは戦後なので、偶然かと。

神田多町
神田多町

でも、大正時代からそこにあったと言われても納得してしまいそうな建物も、残ってたりします。



それは神田多町に限った事ではなく、神田は、都心のビジネス街でありながら、生活感のある建物・風景が残っている事を、神田を歩いて再認識できました。淡路町以外。

神田鍛冶町(かんだかじちょう)は3丁目だけ

(エリア)http://goo.gl/maps/pfWbH
神田駅に近づいてきました。神田鍛冶町です。


外に出された室外機といい、若干はげぎみな塗装といい、蜘蛛の糸のような電線といい…
アジアだなぁ。日本の東京も、アジアなんだよなぁ…。 そんな感想が浮かびました。
いかにも神田らしい風景ですよね。淡路町と違って。

神田鍛冶町は3丁目しかありません。神田と付かない鍛冶町になら、あります。


神田鍛冶町三丁目
それにしても、神田の町名由来板のデザインは、地域に合っていて、いいですねぇ。
普通の看板よりはカネがかかるんでしょうけど、こういう税金の使い方は、いいと思いますよ(^^)


さて、神田なんとか町は、まだまだあります。 続きは、次回という事で。 今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

後編はこちら!
神田なんとか町めぐり(2)~いくらなんでも小さすぎ篇~

参考文献

  • 都電が走った町 今昔 林 順信 JTB
  • 特別区町名町区総覧 時事通信社
  • 日本歴史地名大系13 東京都の地名 平凡社



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