2013年5月1日水曜日

豊島区に知名度を奪われた文京区大塚を歩く

場所: 日本, 東京都文京区大塚
東京で大塚といえば、どこを思い浮かべますでしょうか? 山手線と都電荒川線の大塚駅を思い浮かべる人が多いのではないかと思います。

しかし!その大塚は、そもそもの大塚ではないのです。

元々の大塚は文京区にあるのに、すっかり知名度を奪われてしまったのです。 私も、それを知ったのは最近の事です。

品川駅は品川じゃないし目黒駅も目黒じゃない事は知っていたのですが、大塚駅も大塚じゃなかったとは… 

大塚駅周辺は新しい大塚です。




しかも、大塚の場合は、駅の周辺の住所も「北大塚」「南大塚」となっているせいで、疑われにくい。これは完全犯罪…いやいや決して犯罪ではないですけど。

豊島区の北大塚と南大塚の名は1969年の住居表示で誕生しました。その前の街の名は、巣鴨。 大塚は、本当は巣鴨だったはずなのです。

昭和毎日というサイトで昭和31年の地図が見れます。大塚駅周辺が大塚ではないのが火を見るより明らかです。

昭和毎日
http://showa.mainichi.jp/map/


そもそもの原因は、大塚駅の誕生でありましょう。大塚駅ができた1903年、大塚から離れているのに、大塚駅と名乗ってしまった。 当初はちゃんと大塚に駅を作る予定だったという事ですが、駅名もあわせて変更すれば、こんな事にはならなかったはずなのに…



本来の大塚は、南大塚のさらに南にあります。地図を見ると、南大塚の南に「大塚」という住所があります。 この大塚の管轄は文京区です。


文京区の大塚が、本来の大塚で、豊島区の大塚は、新しい大塚!

こちらが昔からの大塚、文京区

文京区の旧町名案内


さらに…

戦後、文京区大塚に、地下鉄丸ノ内線の駅が作られました。
その駅名は「新大塚」




新大塚駅…!! 新しい大塚は向こうのほうなのに!!
これも、実は、おかしい!!!


元々の東京人は、これぐらい常識なのでしょうけど、田舎から上京してきた人は、新大塚駅のおかしさが分からないのではないかと思います。 かつての私も、そうでした。 山手線の大塚駅を通っても「ふーん、ここが大塚かぁ」地下鉄の新大塚駅を通っても「新しい大塚駅かぁ」ぐらいにしか思わなかったです。 

ちょっと不憫な、そんな文京区大塚の風景

文京区大塚をブログで取り上げようと思ったのは、豊島区にお株を奪われた風になってるのが、ちょっと不憫だと思ったからです。


でも、当の文京区大塚は、そんな事、ちっとも思ってないのではないか。そんな気がします。

よく見ると、猫がいます
大通りから1歩入れば、住宅街です。

大塚の住宅街は、目黒線沿線のような綺麗さは無いけど、郊外の準工業地帯のようなササくれてる雰囲気はまるでありません。


住宅地の中に、あたりまえのように史跡がありました。



歴史を積み重ねてきた自信、威風堂々とした高級住宅街。そんな雰囲気です。


何匹も猫を見ました(^^) 街路は狭く、猫が暮らしやすい街でもあるようです。




住宅の塀に旧町名案内版があるのは、文京区が旧町名の保存に積極的だからでしょうか。






建物の古さがいいなと思って




――ここからは、文京区大塚のいろいろを紹介しようと思います。

有名どころでは護国寺がありますが、あえて、それ以外を。…いや決して護国寺を無視したわけでは(^_^;)

占春園






大都会に住みながら、近所にこんな散歩道があったら、いいですよねぇ。

実は筑波大学付属小学校の自然観察の場らしいのですが、散歩していて、全く気がつきませんでした。一般市民に開放していただいてるのは、ありがたいですね。

ラジオ体操と大塚公園

緑と噴水と広場が印象的な大塚公園。



大塚公園には、ラジオ体操の像がありました。



なんでも、文京区のラジオ体操発祥の地だそう。

あくまでも、文京区の、です。


ゲルノト・ルンプフ氏のカイザースラウテウン広場


茗荷谷駅そばにある、不思議なオブジェの公園。





この写真の撮影日は別です
カイザースラウテウン広場。これが、この広場の名前です。



作者の名は、ゲルノト・ルンプフ。 そして、夫人の、バルバラ・ルンプフ。だそうです。

開運坂がある!!!


開運坂だって…! あやかりたいものです!



こんなナイスな名前の坂なのに、いまいち、地味な存在であります。


以上、文京区大塚でした!
今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました!

参考文献

  • 山手線誕生 中村建治 イカロス出版
  • 特別区町名町区総覧 時事通信社
  • 帝都高速度交通営団史 東京地下鉄株式会社



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