2012年12月9日日曜日

都電26系統の跡地を歩いてみた

場所: 日本, 東京都江戸川区松江7丁目28−20
今日12月9日は、銀座通りから都電が消えた日だそうです。1967年のこの日が、都電の大きな節目になったのですね。
そんなわけ(?)で、また都電ネタです。都電26系統の跡を歩いてみたのです。江戸川区の小松川から \ の方向に斜めに走っていました。


より大きな地図で 都電26系統 東荒川~今井橋 を表示

ただし、都電26系統が廃止されたのは1952年です。60年も経ってます。他の都電だって痕跡は残って無いのですから、それを期待しちゃぁ~いけません! 「ここに路面電車が通ってたのかぁ」と空想しながら歩くのです。




高架下の稲荷神社あたりから


このあたりが東荒川駅でしょうか。
では、しゅっぱーつ!


首都高を横切り…



右の細い道に入ります。
goo古地図によると、本当はもう少し大通り沿いを走っていたようですが…。



すぐに、小松川境川親水公園に着きます。

小松川境川親水公園です

綺麗に撮れた一枚
ひょっとしたらひょっとすると、橋げたとか、残ってないかな…なんて思ったりしましたが、何もなし。
親水公園を横切り、進みます。

想像しながら歩くのです。


小松川境川親水公園から少し歩くと、このような場所があります。


このような場所は、都電軌道の幅を想像しやすいのです。
きっと、都電が廃止された後もここは行政が土地を持ち続けて公園にしたんだろうなぁ…。

新しい試み。黒線の間が鉄道の敷地? (Yahoo!ロコ)
地図をよく見ると、公園の部分だけではなく、建物の大きさなどからも、線を見つける事ができました。
鉄道が廃止され線路が無くなり、その土地が売却されると、線路だった土地に沿って建物ができる…。 実際には何も残って無くても、地図上には、痕跡が残ってるんだなぁ…。


どんどん進みます



たまに突き当る…。

ここを入ってみます。



線路が走っていたのは、この細い道に線路が走っていたわけではなく、道の左側あたりなのですが。


昭和を感じる建物が並んでいます。


「ニューム」って何だろう?

そうこうしてるうちに、次の緑道、一之江境川親水公園に着きます。

一之江境川親水公園


江戸川区はこういう親水公園がいっぱいあって羨ましい限りです(^^)

一之江境川親水公園


明るめに加工して遊んでみたり


今度は暗めにして遊んでみたり

…そこに、都電跡地だった事を示すモニュメントを発見!


ふむふむ。
60年前のものでも、こうやって歴史を紹介しようとする姿勢は真摯だと思います。「こういうのを作るのは当り前!」という意見もありましょうが、ぶっちゃけ、何も無くても、歴史を知らなくても、生活には影響は無いですし。

今井橋まで一気に紹介


モニュメントとお別れし、一旦今井街道に出て、保育所の裏から、また路地に入ります。





今井街道に合流して…



おっちゃんの像もあり…

新中川を渡ります。都電26系統が走っていた頃はこの川はありません。



…で、このあたりが、終点の今井橋駅と思われます。ゴール!


また都電跡地を空想する



今井バス停の近くの歩道が妙に広がっています。
このカーブは…もしかしたら、これは、都電の終点がここにあった名残? 


…いや、たまたま、かもしれません。真相は分かりません。
けど、空想する事に楽しみがあるのですよ! 跡地の散歩において、真相は、あまり、関係が無いのです。


オマケでモニュメント紹介


出発地点のすぐ近く、首都高下に、このようなモニュメントを発見!




読んでみると、首都高建設にあたり立退きを強いられた地元住民を気遣ったもののようです。
そういうモニュメントは、はじめて見ました。
だって、すべての立退きにこんなモニュメントを作ってたら、東京中がモニュメントだらけになってしまうじゃないですか。

…きっと、ここに書かれている「対策協議会会長」が、強い人だったんだろうなぁ…。なんて。


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。



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