2013年1月26日土曜日

荒川区の荒川区っぽい風景を探しに東尾久を街歩き

場所: 日本, 東尾久三丁目駅(東京)
今回歩いてみたのは荒川区の東尾久地区で、荒川区の荒川区っぽい風景をお届けします。…けど、あらかじめお伝えしておきますが、都電荒川線の写真はありませんm(-_-)m それから、荒川区は日暮里や町屋や三ノ輪のほうが賑わいがありますが、なぜ東尾久なのかといえば、日暮里は荒川区っぽい風景とは言えないし、町屋や三ノ輪は行った事があるから…という理由なのですけど(^_^;)

あ、そうそう。「それにしても東尾久ってどこやねんっ」…って感じると思いましたので、記事のはじめに小さい地図を載せる事にしました。 前々から思ってたのです。いきなり「今回は小竹向原です」「今回はです」「今回は東尾久です」って言われても、ついてこれないんじゃないか…って。 なので、小さい地図を広い範囲にして、なるべくメジャーな街も入るように置けば、少しは分かりやすいだろう。というわけです。

…これで、より一層、気兼ねなくマイナーな街に行けますねv(^o^)v

キヌ電通りとは


日暮里から北に歩き、東尾久地区に突入です。



広い通りと狭い通りがあります。…狭い方を。

キヌ電通り
キヌ電通り


ここはキヌ電通りというらしいのですが、由来は、ちょうどこの写真のフェンスの向こう側に、鬼怒川水電発電所があったそうで、それが縮んでキヌ電。 電力事業が1社独占になる前の話なので昔々です。

手持ちの地図アプリで大正時代の地図を見ると、たしかに、鬼怒川水電発電所があります。 …その頃はこのあたり、田畑ばかりですね。昭和初期の地図を見ると建物が密集して今と同じ区画になるようですが…。 関東大震災で空き地を求めて人が急に入ってきたのかも? …だとしたら、もう少し区画が碁盤の目のように整理されててもいいかなと思うのですが、都市計画をする余裕は無かったという事でしょうか?

おぐとぴあ23


商店街を発見しました。おぐとぴあ23。

おぐとぴあ23
おぐとぴあ23

…旗が電線に



おぐとぴあ23…世界の国旗が飾られているのが、いかにも、昭和な商店街です。 全国チェーンの店は見当たりません。車両通行止めの時間帯もあるよう。



このような職人の気風を感じる看板も、現代の商売では見られなくなりました。
そうそう。上の写真にも写っているのですが、この界隈を歩いて感じたのは、共産党のポスターがやたらと目についた事です。



このガソリンスタンドはセルフではないよう。…幹線道路沿いでもないのに、商売が成り立つのか…


住宅と町工場が混在する荒川区東尾久の風景


今回は東尾久地区のうち、日暮里舎人ライナー東側のエリアを歩きました。このエリアだけではなく町屋周辺も含めてですが、この界隈は、住宅と工場がないまぜになっています。工場といっても大規模なものではなく町工場です。 古い建物が所々に残っています。

キヌ電通り






工場が住宅に変わった? ※は米の事か






(公道の歩道です)

この荒川区だけではなく、日本全国、町工場がどのように誕生したのか、考えてみれば不思議です。 例えば製造業で何かのパーツを大会社に納入する町工場は沢山あると思いますが、はじめからそれを作る目的で町工場が作られた…とは思えないんです。自社で工場を造り人を雇うのが自然だと思うのです。 考えられる可能性は、今はそのような町工場も、当初は日用品を作って直接消費者に売っていたのかもしれませんねぇ。 分からないですけど。

街を歩いていると、いろいろな疑問が浮かびます。


今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました!




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