2014年11月10日月曜日

世田谷区の南西、喜多見・宇奈根に行ってみた

場所: 日本, 東京都世田谷区宇奈根1丁目
世田谷区の南西部にある、喜多見・宇奈根地区を散策してみました。 地元の人しか行かないような所にも、私は行くのです。

最寄り駅は二子玉川ですが、二子玉川に見られる毅然とした冷たさとは無縁で、農地が多く、のんびりとした空気感でした。 …まぁ、田舎って言ってしまえばそうなのですが(^_^;)

2回に分けて更新します。 今回は、兵庫島公園から鎌田~宇奈根~喜多見の街並みを中心にお届けします。 次大夫堀公園などは次回の更新になります。


この記事を動画化しました!
youtube
https://www.youtube.com/watch?v=OsaqCPLnReE

ニコニコ動画
http://www.nicovideo.jp/watch/sm25593223

喜多見と宇奈根の住宅地を散策


二子玉川駅から出発です。



今回のコースは、駅そばの兵庫島公園に行き、そこから住宅地を通り次大夫堀公園を目指し、六郷用水沿いを歩いて二子玉川駅に帰ってくるルートです。




まずは多摩川河川敷の兵庫島公園。





すっきりと晴れていて、散策日和でした。



グラウンドでは少年たちが野球の真っ最中。 充実した休日を過ごしていました。



自分が少年だった頃なんて思い出しても仕方がないし、私は私の道を歩くのです。

鎌田地区の住宅街へ。


…う~ん。 この、Y字路に挟まれた住宅の並び、なんで、こんなに、惹かれるんだろう?



最寄り駅は二子玉川ですが、もう二子玉川のような都会の冷たい雰囲気はどこにもありません。

まぁ、田舎と言えば田舎ですが、こういう、何の変哲もない地方都市のような風景が、田舎者の私としては、癒されるんですよねぇ。




このバス停も、いいですねぇ。

ペンキの色づかいもいいし、ベンチの横の住宅地図も、地方都市っぽいです。





…ところで、このバス停の名前は砧本村というようですが、現在の砧地区からはずいぶんと離れています。 


本村という名前から予想するに、ここが砧地区の昔からの集落なのでしょうか?


この地図は{今昔マップ on the web(c)谷 謙二}{国土地理院 電子国土Webシステム}{カシミール3D}を使用しています。
この地図画像の元である地図は、国土地理院の地形図[2万分の1 世田谷 明治42年測図 大正2年製版]です。

…いや、その予想は違いました。 戦前の地図を見ると、砧本村バス停付近に集落はありません。

この地図は{今昔マップ on the web(c)谷 謙二}{国土地理院 電子国土Webシステム}{カシミール3D}を使用しています。
この地図画像の元である地図は、国土地理院の地形図[2万5000分の1 溝口 昭和41年改測 昭和42年10月10日発行]です。
昭和40年代の地図を見ると、東急砧線の駅として「きぬたほんむら」の文字が見えます。

東急砧線は、たしか、砂利を搬送するために整備されたんですよね。

じゃあ、なぜ砧線の駅は、砧本村になったのか… それは良く分かりません。





この道は砧本村バス停に続くメインストリート。

砧線があった頃は、もう少し、商店が並び、賑わっていたのかもしれませんね。





高い建物の無く、農地もまだまだ残っています。



こういう、サントリーウイスキーの看板も、気がつけば絶滅危惧種だと思うのです。

今のうちに撮影して記録しておくべきなのかも。








古い家もありますが、平成時代に建てられたであろう家も目立ちます。

昔からの集落のエリア。田畑を宅地分譲したエリア。 田畑のままの所。 それらが混在しています。



昔からの集落エリアでは、このような昭和感あふれる風景も。


特に、スピード出し過ぎを警告する看板が、いい味を出してると思うのです。

赤文字の「スピード」の部分が消えずに残っている… という事は、平成時代になっても手書きの看板職人がいるという事でしょうか。 昭和に作られた看板だとしたら、赤文字の部分は完全に色が抜けてしまっているでしょうから。



緑道の草木も、都心より多め。



東京23区の中にも、高い建物が見当たらなくて、農地が点在する、落ち着いた和みのある街があるのだと実感しました。


稲荷塚古墳も住宅地の中に



喜多見には古墳もあるそうで、寄り道してみました。



こんな住宅地の真ん中に古墳が残っているとは。


古墳が保存されている、稲荷塚古墳緑地です。



…まぁ、何て事は無い塚ですが(^_^;)

宇奈根の由来が記されているが、いまいち分からない




宇奈根地区にて、舟の石像を発見。


短歌が詠まれ、その横には「宇奈根の由来を記し…」と彫られています。

…しかしながら、これでは、由来の解釈が、良く分からないですよ。 宇奈根って神様がおられたのでしょうか? それとも、舟と関係があるのでしょうか?



今日も最後まで読んでくださり、ありがとうございました! 近日中に後編を書きます! (後編書きました



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