そうやって眺めてると、なんとも気になる公園を発見してしまったのです。
その名も、おとめ山公園
ずっと川沿いを歩いてます。距離的には東あずま駅を通った方が近いのですけど、川沿いを歩くのが好きなので。
— ローソン遍路(宮元実卵)さん (@JBmiyamotomiran) 6月 2, 2012
ていうか「東あずま」って、両方とも東じゃ(^_^;)
— ローソン遍路(宮元実卵)さん (@JBmiyamotomiran) 6月 2, 2012
吾妻橋』 の名称の由来は諸説ある。架設当初は 『大川橋』 が正式な橋名であったらしいが、左岸(向島方面) にある 「吾嬬(あづま)神社」 への道筋にあたることから、『吾嬬橋』 とも呼ばれており、これが 『吾妻橋』 に転じたという。また一説には、幕府押し付けの 『大川橋』 の名称に反発した付近の町民が、江戸の東に位置するこの橋を 『東(あずま)橋』 と呼んでいたからとも伝えられている。明治 9年(1876) の架け替えの時に、正式に 『吾妻橋』 と命名された。
弟橘媛は日本武尊(やまとたけるのみこと)の妻。日本武尊が東国遠征の際、横須賀から房総半島に渡ろうとしたところ、海が荒れた。それを鎮めるために弟橘媛が自らの身を海に投じた。海は静まり、日本武尊は海峡を渡る事ができたが「吾妻恋し」と悲しんだ。